鳥居咲子の経歴!BMSG(SKY-HI)を支えた敏腕ディレクターSサキコはブログ発信が開花の一歩だった(パワハラ疑惑)

BMSGとSKY-HIを支えてきたと言われる、敏腕ディレクターS・サキコさんこと鳥居咲子さん。

少々不穏なニュースが出てきていますが・・・。

音楽に触れる事が多かった環境もあったようですが、ブログの発信から音楽に関わるあらゆるディレクションを任されるまでになったそう。

という事で、今回は、鳥居咲子さんの経歴について見ていきたいと思います!


目次

1|鳥居咲子のプロフィール

https://twitter.com/sakikovivi/status/1506155048136769537

名前:鳥居咲子(とりい さきこ)
生年月日:非公開
出身地:神奈川県横浜市

2|鳥居咲子の学生時代

−1|幼少から音楽好きだった

幼少の頃から、音楽が好きだったという鳥居咲子さん。

という事で、幼少からピアノに音楽倫理を学んでいたそうです。

ピアノはよくある習い事の1つですが、幼少時代から「音楽倫理」を学ぶとはさすが。

−2|イギリスへ音楽留学

音楽倫理を幼少から学ぶほどの鳥居咲子さん。

ストイックと自称するほどの洋楽ファンであった事も大きく理由としてあったのでしょう、

学生時代には、イギリス・ロンドンに音楽留学をされたいたそうです。

という事で、英語が堪能 でもあります。

イギリスでの音楽留学では、まさかの

音楽業界とは関わりなく無い

と思うようになったという、サキコさん。

というのも、イギリスと日本の音楽業界の評価ポイントの違いが気持ちを萎えさせてしまったのだそう。

3|鳥居咲子の会社員時代

音楽留学を終えて帰国し就職をされた鳥居咲子さん。

−1|外資系コンサル企業に就職

鳥居咲子さんが就職先に選んだのは、

外資系のコンサル企業

でした。どうやら大手だったそうですが、会社名は公表をされていません。

正確にはコンサル企業の関節部門だったそうです。

イギリス留学を経て得た語学というスキルを生かしつつも、恐らくは音楽関係では無い業界だったと思われます。

−2|BIGBANGにハマり韓国語を習得

X

イギリスでは音楽業界には関わりたく無いとおもったものの、根っこにある

『音楽が好き』

という、部分が変わる事はなかったのでしょう。

BIGBANGのT.O.P氏のラップに出会った事で、一気にK-POPにハマる事となる鳥居咲子さん。

そして、BIGBANG以外のラッパーの音楽も聴くようになり2013年頃、

ついに、韓国語を学び始めたそうです。

1年ほど学んだ頃には、マンツーマンレッスンへと発展していったそうです!

という事で、英語に続き韓国語も堪能となった鳥居咲子さん。

4|鳥居咲子のフリーランス時代

コンサル企業を退職し、フリーランスとなった経緯が気になります!

−1|BIGBANG専用ブログで大人気に

BIGBANGにハマった鳥居咲子さんは、当時「BIGBABNG専用ブログ」を運営し始めました。

8000人ほどのフォロワーも居るというとても人気のブロガーとして名を馳せていたそうです。

BIGBANG以外にもアンダーグランドで活動するラッパーの音楽も聴く日々の中、

なんと、

大御所ラッパー、プロデューサーたちで構成されたグループ「不汗黨(プランダンガ)」のライブを主催する事に!

とてもテクニックが詰まった作品なのだそうです!

−2|韓国ヒップホップ情報サイトの運営へ

2015年頃コンサル会社を退職し本格的に韓国ヒップホップのキュレーターとして活動を開始。

具体的にどのようなお仕事なのかというと、

  • 来日イベントの対応
  • ライブ制作
  • MV撮影のコーディネートやディレクション
  • イベント出席
  • 歌詞の翻訳

などなど、そして、韓国ヒップホップ専門サイト

BLOOMING MUSIC

の運営も行うなど、本当に多岐に渡り韓国ヒップホップと日本の架け橋として活動をされてこられました。

5|鳥居咲子BMSG時代

−1|BMSG初の社員として迎え入れられた

https://bang-dream-cafe.jp/sky-hi/

1億円の私財でSKY-HIが立ち上げた事でも有名な『BMSG』の初めての社員となった鳥居咲子さん。

咲子さんは、BMSGの最初の正社員です。もともと業務委託でお願いしていたのですが、途中から『正社員でお願いします』とお願いしたんです。

https://okanechips.mei-kyu.com/the-pioneer/2589/

SKY-HIこと、日高光啓氏は鳥居咲子さんを誘った理由について、

「THE FIRST」でやりたいことや問題意識の話をしていたときに共感することが多く、BMSGへのジョインをお願いしました。

と、述べられていました。

業務委託だった鳥居咲子さんですが、仕事がとても丁寧で才能も審美眼も素晴らしいという事で社員として迎え入れられる事となったようです。

1人では妥協していた可能性もあったと、鳥居咲子さんの存在を大きく評価もされていました。

自分1人だったら途中で折れていたり、妥協していた可能性もありますし、そういった意味ではBMSGの根幹を担っていただいています。

−2|クリエイティブディレクターとして活躍

Instagram

鳥居咲子さんのBMSGでの役職はクリエイティブディレクターだったそうです。

具体的な業務は、

  • BE:FIRSTのビジュアルや映像コンテンツ・グッズの制作
  • トレーニー育成

と、なるようですが内容は想像を超えるほど多岐に渡っていたのでしょうね。

そして、BE:FIRSTに次ぐ2つ目のグループ「MAZZEL」に関してはオーディション番組の企画運営も全て行なっていたとか。

アーティストが輝くには、本人達の努力はもちろん鳥居咲子さんの様な敏腕社員が居てこそなのですね。

−3|BMSG退職

Instagram

2023年8月31日に、BMSGからの卒業を発表した鳥居咲子さん。

3年間というBMSGでの時間が幸せだったと記載し、卒業をXで報告。

後に出る、文春報を見る限り本音と建前が入り混じったとても複雑な報告文だったのかなと思ってしまいますね。

BE:FIRSTやMAZZEL、トレーニー達と過ごしてきた日々が楽しかった事は間違い無いでしょう。

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